ソニー幼児教育支援プログラム 幼児教育保育実践サイト
保育のヒント ~科学する心を育む~
今回は、匂いに興味・関心をもって香水作りを始める5歳児の事例をご紹介いたします。
色水遊びに柑橘類を使ったことから子どもたちの遊びは、「いい匂い作り」に移っていきました。そして、子どもたちは、「いい匂い」を作ることを目的に試しや問いが生まれ、さらに興味を深めていきます。学級の他の友達も匂いに興味をもち、共に考え、アイデアを出し合う振り返りの機会が、「科学する心」に繫がる体験を広げています。
2月初旬、色水遊びをしていた子どもたちは、給食に出た伊予柑の皮をすり潰しての色水を作る。色は付かなかったが、甘酸っぱい匂いが漂い、「良い匂いやなぁ」と、子どもたちが集まってきた。オレンジ色の色水と混ぜ、柑橘の香りのする色水ができた。「良い匂い、香水みたいやなぁ」と周りの子どもたちが口々に言う。
この頃、子どもたち数人がお化粧屋さんごっこをしていた。翌日、香水用の入れ物を見て、「あ! 香水入れてシュッシュッてするやつや」とすぐに伊予柑を使っての香水作りが始まった。すり鉢に水と伊予柑を加え、しぼって容器に入れる。それをスプレーみたいに出して自分の手につけて匂いを嗅ぎ、「良い匂い」と言っている。「あ! いいこと思いついた! これお化粧屋さんの香水にしよう!」(Aさん)。自分たちのお化粧屋さんのコーナーに持っていき、空気中にスプレーするなどしている。
学級での振り返りの時間に、お化粧屋さんの香水の話になった。お化粧屋さんのメンバー(Bさん)が、「もっといろんな良い匂いをさせたい」と皆の前で発言する。
Cさんから「石鹸は?」と言う考えが出て、みんなも賛成する。保育者が、「石鹸をお化粧屋さんに置くと良い匂いが出るかも知れないね」と言うと、Dさんが、「いや、置くだけではあかんと思う」と言う。
(Aさん)「石鹸は、お風呂で良い匂いがするから、水につけたら、良い匂いになるかも知れへんなぁ」「うん、水に混ぜたらいいと思う」、(Bさん)「ウチに石鹸あったと思うからもってくる!」
振り返りの中での「良い匂いのするもの」のアイデアとして、C児から「石鹸」が出てきた。これはお化粧屋さんでは出なかった発想であり、それによってB児が石鹸を持ってくるアイデアを思いついた。また、Ⅾ児の「置くだけではあかんと思う」という言葉をきっかけとして、じゃあ、どうすればいいのかを考えた(A児)。遊んでいる現場だけでなく、遊びの振り返りの中にも、「ひっかかり」は存在し、そこから思考したり、翌日の遊びに対する問いをもったりする。翌日にB児が石鹸を持ってくることも期待しながら、保育者も石鹸を用意しておく。
Bさんが家から石鹸を持ってきてくれた。保育者の持ってきた石鹸と合わせて4つの石鹸(それぞれ「牛乳石鹸」「ラベンダー」「ひのき」「ジャスミン」)となる。お化粧屋さんの4人の子どもたちがそれぞれの石鹸の袋を破ってまず匂いを嗅ぐ。Aさんが「水に入れてみよう!」と言い、他の子どももそれぞれを水の入ったコップに入れる。
水中でかき混ぜたり、削ったりしていると、泡が出るとともに、匂いが出てきた。「わぁ! この石鹸良い匂い!」「この石鹸は、違う匂い」「この石鹸はあんまり匂いがしない」とそれぞれに違う様子。
保育者が「何の匂いの石鹸やったんやろう?」と聞くと、Aさんが「袋に書いてあるかもしれへん」とそれぞれの石鹸の袋に記されている文字を読む。そして、それぞれの匂いを比べてみる4人。「Bちゃんの石鹸が一番良い匂いやわ!」「ラベンダーって書いてある。ラベンダーって何?」と言うEさん。保育者は「何やろうなぁ。どうやったら分かるやろう?」と一緒に悩む。しばらくして、「ラベンダーって花の名前やって! H先生が教えてくれはった!」(Aさん)。
その後、絵本室の図鑑コーナーへ行き、調べると、開化は5月だった。「わぁ!きれいな花やな!紫色や」「今は2月だから、5月やったら、みんなは小学生やねぇ」「そっかー」と今その花を見られないことに少し残念そうにする。
石鹸を水に入れることで、かえって匂いがしにくくなるのでは、と保育者は考えていたが、昨日のA児の考えを大切にしようと、様子を見守っていた。すると、ちゃんと匂いが出てきた。自分たちの考えたことが、試して実現できた喜びを子どもたちは感じられた。4種類とも商品の違う石鹸だったため、匂いの強さは製品の違いによるものだと思われるが、子どもたちは「良い匂いを放つラベンダーという未知なる物」に興味をもち、他の先生に尋ねたり、図鑑で調べたりすることにつながった。残念ながら、花自体は5月咲きのもので、実物を用意することは困難だった。
Aさんが、先週に作ったスプレー香水の匂いが少し、しにくくなったことに気づいた。「前はもっといい匂いがしてた気がするのに、なんか少し臭くなった感じがする。」
振り返りの時間に匂いについて子どもたちの話題となる。香水の匂いが変わった件は、「匂いが消えていったんと違う?」という子どももいたが、臭くなっているのを感じた子どもは、「腐ってきているのではないか?」という意見が多かった。
「じゃあ、なんで本物の香水とかは、腐らへんのやろか?」と保育者が投げかけると、「本物は、ミカンとかを使ってないから?」「本物は何か腐らないお薬とかが入っているの違う?」などの意見が出た。
そこで、保育者が、ネットから仕入れた手作り香水の資料を子どもたちに見せる。「水ではやっぱり腐ってしまうんやって」「アルコールを入れると良いって書いてある」と保育者と一緒に文章を読みながら、アルコールが必要なことを知る。
いつもみんなが使っている消毒するスプレーのアルコールを使い、給食に出たデコポンを使っての香水作りが始まった。
「消毒の匂いとデコポンの匂いがする!」「アルコールなら、本当に腐らへんのかなぁ」と話をしながら作り、できあがった香水を空気中にスプレーしたり、保育者が持ってきたアロマのデフューザーに入れて香りを楽しんだりしている。
10日ほど経ったある日思い出したようにAさんが、「臭くなってない!」と香水の匂いを嗅ぎながら叫ぶ。BさんやEさんも「アルコール入れたから、腐らへんのちゃう?」等、言い合いながら匂いを嗅いでいる。
また、友達が持ってきてくれた花を花瓶に入れて、お化粧屋さんの周りに飾った。そして、持ってきてもらった花から香水やアロマを作り始めた。アルコールを入れることで、匂いが臭くならないことをデコポンや伊予柑を通して気づいているので、花にもアルコールを入れる。お化粧屋さんの良い匂いが常にクラスの中に漂うようになってきた。
水で作った香水は時間が経つと臭くなってしまうのではという予測は保育者の中にあった。A児がスプレー香水の匂いの変化に気づき、皆に投げかけてくれたことにより、学級で考える機会をもてた。「どうやったら、腐らない香水ができるのか」という点では、保育者から資料を提供し、アルコールが必要ということを子どもたちに気づかせたが、もう少し子どもの気づきや発見、提案から進めていけたかもしれないと振り返った。