ソニー幼児教育支援プログラム 幼児教育保育実践サイト
保育のヒント ~科学する心を育む~
日本はまわりを海に囲まれ、山地は国土のおよそ4分の3を占めていると言われています。
その土地土地で暮らす子どもたちと保育者が豊かな生活を送るために、その土地を知り、生活に取り入れて楽しむこともひとつ。
今回の事例は、そんな地元の自然環境がきっかけとなり、探究へと繋がっていった子どもたちの実践をご紹介します。
秋、5歳児の子どもたちが、鉱物の一つ、水晶の結晶と出合う。透明でとても輝かしい水晶に目が釘付けになる。その水晶は職員が採ってきたことを知ると、「どこで採ったのか」「どうやって採ったのか」と想像が膨らむ。職員から、自分たちの住む新潟県内で採れる場所があること、鏨(たがね)やハンマーを使うことなどを聞くと、「いいな」「私も探してみたいな」と、興味・関心を寄せる。その後の保育室では、虫眼鏡で水晶を見たり、鉱物の図鑑で探したりしながら関心を大きくしていった。
「自分たちでも水晶を探してみたい」という想いが広がり、園の近くの山にも水晶を見つけられる場所があることを知ると、出かけることになった。そこは、鏨やハンマーも必要なく、登山道の足もとで探すことができるため、子どもたちにとって挑戦しやすい場所であった。
早速保育者は、山の所有者と山を管理している自治体の担当者に子どもたちの思いと活動の概要を説明し、許可をもらう。子どもたちは大きな期待感をもって水晶探しに出かけた。登山道の中でも少し広い場所にしゃがみ込み、地面を見つめると、白っぽい岩石にかけらがいくつもあり、指先で掘り出しては、鉱物に詳しい職員に、「これは水晶?」と確認する。水晶のできる岩石の、石英と水晶は白く濁っているか、透明で輝きがあるかによって違いが見られ、繰り返し探す中で、多くの水晶を見つけることができた。水晶は山の決まりで園に持ち帰ることはできなかったため、その場で観察をし、写真に納める。子どもたちは自分たちの手で、図鑑で見ていた鉱物の一つである水晶を見つけることができ、達成感を感じていた様子であった。
そのような探究活動が進んでいたころ、別の探究も深まりを見せていた。きっかけは給食の時の、「私、家の窓から海が見えるんだよ」という一人の子のつぶやきだった。その声に、「私も見えるよ」と声が返り「夕焼けがね、見えるんだよ」と話が続く。担任はそんな会話に耳を傾けながら、「子どもたちにとっては海が身近にあり、生活の中に当たり前に在るものなんだ」と感じて、クラス活動の時に海を話題にした。すると、一人一人が「自分にとっての海」を語り出した。ある子にとって海は「波」であり、ある子にとっては水面の「きらきら」。海の生き物を思い浮かべる子もいれば、夕焼けの美しさを話す子もいる。子どもたちにとって海を感じる時、それは「出雲崎の海」を表しているように感じられた。その数日後、「海を描きたい」という心もちになった子がおり、担任が「どんな海なの?」と聞くと、「きらきらした海」と自分のイメージを話す姿が見られた。別な子は海の砂がどうやってできるのか、自分で作ることができないかと考え始めた。
砂ができる仕組みは、園にある図鑑に書いてあった。たくさんの雨と日差し、長い時間によって作られることが分かると、子どもたちは水によって石が削られることに驚きつつ、ペットボトルに石を入れて、振ってみたり、日光の指す場所にペットボトルを置くなど、自分たちの手でできる方法を試していく。さらに別な子は、「長い時間」が掛かることを知ったことで、自然の方法とは異なる方法で砂を作れないかと考え、すりこぎですりつぶして試行錯誤を始めた。砂利を陶器のすり鉢に入れて擦ると、砂利は砕かれ、粒が小さくなった。その発見は、クラスのサークルタイム(話し合いの場)で共有され、「海の砂作り」に新しい気づきが加えられ、盛り上がりをみせていった。
一方、砂のでき方を知った子どもたちの傍で、海を描いていた子どもたちが、「海はキラキラしているでしょ?このあいだ探した水晶もキラキラしているでしょ?だから、水晶を砂にして、描いた絵の上に撒けばキラキラ光らせられるんじゃない?」と提案があった。水晶の特徴と自分たちの描画のイメージを結びつけた発想に子どもたちの学びの姿を感じつつ、保育者は自分たちで砕いたり削ったりして遊ぶことができるように大きなヒマラヤ水晶の原石を用意した。
砂作りの遊びと同様に、ある程度まで細かく砕いた水晶をすり鉢に入れて、すりつぶしてみると、子どもたちが思い描いている水晶の砂ができた。自分たちの発想が形になったことに喜びつつ、いざ水彩絵の具で描いていた海の絵の上から水晶の砂を撒いてみると、少しではあるが光を反射する海の絵となった。自分たちの考えたことや予想したことが実現できたことは充実感をもたらした様子であり、その後海を描く探究活動は、海の白波を、泡作りで作った泡で表現したり、出雲崎の海岸で集めた本物の海の砂で描いたりと深まりが見られていった。
「海の砂作り」と「海を描く」二つの探究活動によって子どもたちが気づいた「すりつぶす」ことの面白さと「何かできるかも」という期待感はその後も継続する様子が見られた。
その後も、新しい岩石をいただいたことをきっかけに、泥岩と出合い、子どもたちはこれまでと異なるでき上がりを楽しむように泥岩をすりつぶしたり、泥岩をすりつぶしたものに水を垂らす遊びに派生し、泥粘土作りを楽しんでいった。スポイトなどで少量の水を垂らし捏ねてを繰り返す。泥粘土を再び乾燥させると、固くかつ軽くなり、その変化にも心を動かされていく様子が見られた。
子どもたちは水晶探しと海の砂作りをきっかけにして、岩石や鉱物などの固いものが細かくなることの変化を自分たちの遊びの繰り返しのなかで体感的に経験したと考えられる。
一見すると固そうに見えるものも、自分たちの手で変化させられたという気づきは自分たちの知識と経験、技術となって蓄積され、それが自分たちの感性を表現する方法にも活用されている。さらには、泥遊びなど他の経験とも関連づき、質感の異なる岩石をすり潰したことで、「砂作り」が「粘土作り」へと派生する姿も見られた。
モノの状態が変化したことで、興味・関心はさらに刺激され、「これはどういうものなのだろうか」「これは何かに使えるのだろうか」など、新しい疑問や問いが沸いたと考えられる。さらには「変化」したことで、自分たちの固定概念が一度破られ、新しい気づきや概念を踏まえて再構築しようするプロセスの中で、目下の探究内容以外の視点や発想、経験知が加えられ、他の遊びや遊びから深まる他の探究と関連づいていったと考えられる。