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保育のヒント ~科学する心を育む~
幼虫からサナギにそして成虫へと完全変態するチョウ、その変化に興味が掻き立てられる子どもたちの姿に出合うと、大人も心が動かされます。今回は、アオムシの飼育をしていた子どもたちが、世話をすることで愛着を感じ、生き物の立場になった関わりをしたり、興味を深めたりなど、「科学する心」の育ちが顕著に見られる事例をご紹介いたします。生き物の立場にたった飼育環境やビデオの活用などの保育の工夫も参考になる実践です。
6月初旬に5歳児の子どもが、自宅の庭にいたアオムシを山椒の葉っぱと一緒に持ってきた。初めてアオムシを間近で見る子どもも多く、興味津々でアオムシの観察をしていた。その後も、葉を新しいものに取り換えたり、カゴの中の糞の掃除をしたり、自分たちで愛情をもって世話をした。葉をたくさん食べた後に大量の糞をする様子を見て、「私たちと一緒だー!」と身近に感じ、より愛着をもってよく観察するようになった。翌週の6月15日に、サナギになったことを発見、喜び、夢中になって観察した。そして、「どんな模様のチョウチョになるかなー」と、友達同士で予想を立ててアゲハチョウになるのを楽しみに待った。
2週間後の6月30日、登園すると虫かごの中に1匹のアゲハチョウがいることにCさんが気付く。 その声を聞いて虫かごの周りに大勢集まってくる。
「いつチョウチョになるかな…」とずっと楽しみにしていたため、アゲハチョウになり、感動して大喜び。アゲハチョウを間近で見て、模様がどうなっているか、口には蜜を吸うためのストローがあることなど、図鑑で見た情報と照らし合わせながら気づいたことを友達と伝え合う。
Cさん:「あのね、羽が葉っぱに当たって切れちゃうから、もっと広いところに出さないといけないんだよ!」と、家庭でチョウチョを飼った経験があるCさんが焦ったように話す。
Cさんは、家庭での経験を思い出し、「こうした方がいい」という考えを周りにいる友達や保育者に発信する。
Aさん:「虫かごの中じゃ狭そうだね」
保育者:「じゃあどうすればいいかな?」
Dさん:「これより大きな虫かごに入れたらいいんじゃない?」
Cさん:「羽が当たっても痛くないように柔らかい方がいいと思う!」
Bさん:「先生-!何かいいものない?」
Cさんの話を聞き、どうしたらアゲハチョウの羽を傷つけないで育てることができるのかを自分たちなりに考える。
保育者:「みんなで一緒に探してみる?」と、提案し子どもたちと倉庫に行き、柔らかい素材のものを探した。
子どもたちが必要なものを自分で考え、いろいろな素材の中から選べるように一緒に教材庫へ入る。
Bさんが、水色のサテン生地の布を手に取る。
アゲハチョウが飛び回れるように、大きい布を探す。
Cさん:「穴が開いてないと息ができなくて苦しいよ。穴が開いているのはない?」
Cさんの考えを聞き、穴が開いている布を探すが自分たちでは見つけられず、保育者に尋ねる。
「こんなのはどう?」と、保育者が発表会の衣装で使用する網目の粗いチュールを見せる。
今後アゲハチョウの観察を続けられるようにしたいと考え、完全に目隠しにならないような網目状の布を提案する。
Cさん:「それなら息ができる!!」と、喜んでアゲハチョウの元へ戻り、窓のところにチュールを張り付けてアゲハチョウが飛べる空間を作ると、自分たちが作った部屋の中でアゲハチョウが飛び始める。
広い空間に出したことでアゲハチョウが元気に飛び始めた様子を見て、「うまくいった!」と満足感を味わった。
子どもたちだけでなく、担任にとってもアオムシの飼育は初めてのことで、日々発見の連続だった。4歳児クラスまでの経験から、子どもたちは、分からないことがあると、まずは図鑑を頼りにする姿が多い。また、不思議や疑問に思ったことがあっても保育者にすぐに頼らずに、自分たちで答えを探ろうとする意欲的な姿がある。そして、図鑑から得た情報と実際に見て感じたことを擦り合わせながら知識をも深めていった。
チョウチョを飼った経験のあるC児の言葉をきっかけにアゲハチョウにとって“いい環境”とはどんなものかを考え始め、少しずつ目の前にいるアゲハチョウの気持ちに寄り添って世話をするようになった。飼育スペースやエサの面など様々な場面でアゲハチョウの立場になって物事を考えられるようになり、思いやりの気持ちが育った。
7月3日サナギになったので、みんなで羽化を楽しみに待っていた。
7月16日の朝登園すると緑色だったサナギが黒くなっていることにCさんが気づき、クラスのみんなに早速伝える。
C児は、毎日サナギを見ていたため変化にすぐ気づいた。驚きや疑問を友達と共有したい。
Cさん:「サナギが半分黒いんだよ!」
Bさん:「え、なんで!?」
近くに置いてあった虫眼鏡でBさんがサナギをよく観察する。
子どもたちが虫眼鏡を自由に使えるように虫かごの近くに置いておいた。
子ども:「なんか模様みたい!」
子ども:「どれ!?あ、黒と黄色が見える!」
子ども:「これ、チョウチョの羽の模様じゃない?」
虫眼鏡を使ってじっくり観察したことで、サナギの黒い部分がアゲハチョウの羽だと気付く。
子どもたちと相談した保育者は、今日中に羽化することを想定し、羽化の瞬間を捉えようとビデオカメラを設置し、朝9時頃から録画を開始する。その後の全体での集まりの後、廊下に出るとアゲハチョウになっていた。
Dさん:「えっ、いつの間に!?」
Cさん:「ビデオに映ってるんじゃない?見てみようよ!」
羽化の瞬間を実際に見せてあげたいという思いがあり、ビデオカメラで撮影をする。
帰りの会の前に5歳クラス全員でビデオで撮影した羽化の様子を観る。アゲハチョウは足で殻を押して破り、頭からゆっくり出てきた。
子ども:「きゃー!!」
子ども:「初めて見た!」
子ども:「なんかちょっと怖い」
子ども:「今お尻からオレンジのやつ出したよ」!
しばらく動かないサナギをじっと見つめ、羽化の瞬間をドキドキしながら待った。アゲハチョウの誕生の瞬間に感動する。
時間をかけて丁寧に観察する経験をしてほしい。
翌日、羽化の様子を園のみんなや先生たちにも教えてあげたい!」という声が多数あり、子どもたちが羽化の様子を画用紙に描いた。そして、その絵(画用紙)を園の玄関に掲示し、他の学年の子どもたちや先生方・お迎えの保護者の方にお知らせできるようにした。
“みんなに教えたい”という子どもたちの願いを実現するために、たくさんの人が通って目に入りやすい園の玄関に子どもたちが描いたアゲハチョウの羽化の様子を掲示した。
C児の大発見を学年全体で共有することによって全員の「羽化」への期待感が高まり、興味・関心やどんな風に生まれてくるのだろうという新たな探究心に繋がった。羽化の瞬間を見たいという子どもたちの気持ちを叶えるために、ビデオカメラを設置して羽化の瞬間を収めることに成功した。撮れた映像を大型ディスプレイに映し、足で押してサナギから出てくることやオレンジの液体が出ることを実際に目で見ることができ、実体験として子どもたちの心にしっかりと残ったと思われる。自分が体験することで“なるほど”と分かり、納得して自信になり、心に残る経験をすることで“誰かに教えたい(発信)”という発言力・表現力の育ちにも繋がった。