幼児が心を動かされる姿 −主観でかかわれる環境から−
北海道教育大学附属旭川幼稚園(北海道旭川市)

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                      『だれがほったあなだろう?』          〜9月末 3歳児〜     
状  況
教師の捉え
教師の援助

 A男が砂場の横に直径3cm位の穴を見つけた。幼児たちが次々と集まってきては「蛇の穴だよ」「おばけが出てくるところだ」「アリさんがおうちの人の分までごちそうをはこんだから(穴が)大きくなったんじゃない?」などと想像を膨らませていた。

 そこへB男が「きっとアリさんだよ。だってアリさんのお母さんはすごく大きいって,ママ言ってたよ」と話し,他児もその意見に納得していた。

 B男の「僕,アリさんのたくさんいるおうちを知ってるよ。きっとそこからトンネルみたくつながってるんじゃないのかなぁ」の話に,そこにいた全員で築山の木に向かった。

 築山の木にはたくさんのアリが往来している。アリの群衆をじっと見つめる子や「気持ち悪い」と教師にしがみつく子などがいた。じっとアリを見ていたB男は「お母さんに会いたいよって泣いてるみたい」と真剣に話す。せわしなく往来するアリの様子から,他児も「そうだ」と言う。

 D男が突然アリをつかみ「家に持っていく」と言い出す。理由を聞くと「欲しいから」だと言う。それを聞いたC子が「ママに会えなくなるとかわいそう。この子のおうちは幼稚園なんだよ」と訴える。D男はつかんだアリを見ながらじっと何かを考えている。

 D男が「ありさんにお母さんの座っていたところを見せてあげるだけだよ。またここのおうちに戻すから」と言い,アリを持って穴のところに走っていく。砂場でくるみを使って遊んでいた子に「これ(くるみ)ちょうだい」とお願いをし,3個もらって再び築山に戻る。「他のアリさんの分もごはんもらってきたよ。おいしいよ。どうぞ。」とアリに差し出す。

 「アリさんのお母さん,あんな遠く(砂場近くの穴)で何してたんだろうね。」
「こんなに長いトンネルを歩いてお仕事しているんだね」「ごはんをもっと作ってあげよう」などと話ながら,みんなで砂場に向かい,アリのご飯作りに発展していった。

自分の思ったことや想像したことを言葉で表現する機会と捉えた。この際,考えている内容は問題にせず,思いを誰かに向けて発信したいという意欲的な気持ちや態度を重視する。
自分のもっている知識と実際におこった出来事の違いを自分なりに納得できるように収めようと,様々な考えを巡らせている。
3歳児くらいだと実際に起こり得ることとそうではないことの認識はあまりない。B男は本当に地中でトンネルがつながっているのではないか,と考えている。事実を教師がすぐに教えるのではなく,想像しながら実体験を重ね,徐々に事実を学ぶようにする。
「ママに会いたい」と考えたことは,アリの気持ちを自分と同一視している。かかわる対象が虫であろうとも,気持ちを考え心情的にかかわろうとしている。
普段から虫に対する興味が強いD男は,自分のものとして所有したい気持ちにかられた。
アリの気持ちと友達から責められたことで,自分の気持ちを抑制しようとする。気持ちの切り替えとあきらめをつけるため,「アリさんのお母さんの座っていた穴をみせるだけ」にした。また,たくさんいたアリの群集を思い,「1つだけではくるみが足りない」と考え,3つもらったのではないか。
自分たちなりに真剣に考えて1つの結論を見出し,満足感を感じた様子であった。

懸命に話をする幼児に対して周囲が飽きたりしらけたりしないように,驚きや共感をもって聞き入れられるようにする。
打ち出しの強くない幼児の思いを引き出すために,教師側からきっかけとなる話を投げかけていった。
「そうなんだってね。アリさんのお母さんは大きな羽やお腹をもってて…」など,アリの母親に対する大きくて立派なイメージを広げていくようにした。
幼児と一緒に期待感をもって築山に向かう。傍にいた幼児にも声をかけて誘う。
虫に対する意識や愛着は幼児によって違いがあるため,無理にかかわらせないようにする。
自分たちとアリを同一視して考える幼児の思いやりを認め,「みんなと一緒だね」と話す。
友達の考えや思いに触れさせるため,幼児同士のやりとりを見守る。

D男の決断を受け入れ,一緒に穴まで走る。「アリさん,お母さんの座っていた大きな大きな穴を見れて,きっと喜んでるね。」と,自分の欲求を抑え,アリのために決断に踏み切ったD男の気持ちをすくい上げるようにした。
D男の思いを周囲の幼児に返し,アリのためを考えた幼児たちを褒め,一緒に活動を続けた。

〈 考察・教師の願い 〉

 3歳児は,動植物や虫と自分を同一視して捉える傾向が強い。それらは,「アリが地中にトンネルを掘って通り道にしている」「アリがお母さんに会いたがっている」「クルミをアリのごはんにする」などの言動からも窺うことができる。事実や生物学の本質からは,およそかなりかけ離れた出来事ではあるが,小さな生き物に対する思いやりの気持ちは,この事例のような「相手にも自分と同じように気持ちがある」と捉え,相手の身になって行動することから始まっていく。そうした経験を何度も何度も重ね,自分の認識と事実の違いを知ったり,より確かな方法を求めて知識をふくらませていくのであると捉える。そのために教師は,一人一人の幼児が心動かされた経験がふんだんに味わえるための環境構成や,自分とは異なった友達の考えや思いに触れさせ,心が揺れるための場面つくりをしていくことが必須である。 
 また,どんなに小さい出来事や発話であっても,幼児なりの思いがそこにはしっかりと刻まれている。「アリを自分の家に持って帰る」ことを友達に責められたD男が「お母さんの座っていた場所を見せてあげるんだ」と言ったことからは,D男なりの諦めの思いや気持ちを切り替えるためのさまざまな思考など,3歳児なりの葛藤の姿が窺える。幼児の表面的に表れる表現のみを受け止めるのではなく,一人一人の幼児理解を前提に,その幼児に合った方法で育ちの願いをはぐくんでいけるような教師の働きかけも重要になる。 幼児は,こうした遊びを中心とする生活の場において,自分なりの見方や捉え方,考え方などが陶冶され,豊かな感性や創造性がはぐくまれると考える。
 今後も,3歳児が興味をもったことに対して先入観や既成の概念をもたずに小さな生き物にかかわっていく活動を友達とともに重ね,思ったことを言動を駆使して表現できる力を養っていってほしいと願っている。


                        『とったのは誰だ』                〜9月 5歳児〜
状  況
教師の捉え
教師の援助

 夏に大きな大輪の花を咲かせたひまわりが,最近は首をもたげ茎も大きく傾いた状態から,女児3人が「ちょっと汚くなったね」と話している。一人の女児が「どうしてこんにちはしてるんだろうね?」と不思議がっている。

 週明けになり,「この間よりもっとおじぎしているよ」「倒れちゃうんじゃない?重そう」畑の周りにひまわりの種が散乱していた。「誰か取ったのかな」「お友達かな?」と想像を巡らせながら,種を手に取り中身が入っていないことに気付く。(先週からアサガオの種取りをしている幼児が5〜6人ほどいたためか)

 「〜ちゃん達かもしれない。まだ取っちゃいけないのに。言ってくる!」と友達に言いに行く。

 それに対して「取っていないよ」と言われ,逆にひまわりの種が取れることを知り,幼児たちが見に来た。ひまわりの種が入っていない様子を見て,「本当だ!でも私達は取ってないからね」と強調する。

 男児が,「スズメかシジュウカラが食べに来たんじゃない?」と言い,みなも「そうかもしれない」と言い出した。

 翌日になり,幼児たちは確かめるために,そっと裏の畑に行く。「先生,いるいる!スズメが食べてる」「やっぱりとりさんだったんだ」その後,冬のためのエサを確保しておくことになり,種が落ちないよう10本はビニール袋で覆うことにした。

幼児は夏のひまわりの姿と大きく変わったことに気付き,その様子を主観で捉えている。

・ ・
皆におじぎをしている
疲れている
台風の風で傾いた
「まだ取ってはいけない」 という公徳心から友達を疑う
友達ではないことがわかり,更に疑問を解明しようとする。





確からしい考えに同意し,実際に確かめたいという欲求が芽生える。
思っていたことが本当であったことに満足感をもった。
鳥の生活を考え,自分たちのできることを考えた。
「夏にきれいな華を咲かせてくれたから疲れたのかもしれないね」と幼児の発想や考えに同調する。
「聞いてみたら?」と促し,自分の思っていることが正しいかを確かめさせるようにした。
友達ではないことがわかり,皆で考えるように促した。
友達の話に耳を傾けさせ,いろいろな考えがあることに気付かせる
確かめることの提案に対し,教師も関心があることを伝え,明日の活動に期待をつなげる。
鳥であったことの推測が当たった喜びに共感する。

〈 考察・教師の願い 〉

 身近にある環境にかかわって,見たり聞いたりする中で,自分なりの捉えや試しができることの楽しさや手応えをつかんでほしいと思っている。
 また,いつでもどこでもすぐ傍で変化が見られる環境を用意しておくことの大切さも感じた。  今回の活動では,園内の畑という身近な場所で,幼児が種まきから水やりまでを行ってきたことから,幼児の関心は自然なかたちでひまわりに向いていたと捉えられる。ようやく実った種が散乱している状況を,「誰かがとった」と疑ったことが,友達同士で話し合ううちに「友達ではない誰か」という疑問をもち,それを解決するために「確かめ」という行動をとり事実を認識した。それらのことは,幼児が自らの見方や捉えがいつでも確かなものではなく,事実を知るためにさまざまな見方をもつことや,知恵を働かせて考えたり友達の情報や知識を受け入れながら成し遂げていく力をはぐくむことにつながった。
 この小さな変化の気づきをこれからもみとめ,更には幼児自らが解決していこうとする意欲や態度,そして実体験を通した手応えを積み重ねていけるようにと願うところである。


● み ど こ ろ  注目して頂きたい点や事例の特徴を財団がまとめました。

 穴を見つけ、「何の穴だろう」と考えた3歳児。共通したのは「アリの穴」。それでも、アリにしては穴が大きいので、「おうちの人の分までごちそうを運んだから大きな穴になった」と納得します。そこから、「アリを自分の家に持って帰りたい」という気持ちになり友達とのやりとりで「アリもお母さんに会いたい」という自分と同じように気持ちがあることを感じました。自分たちが大事に育てたひまわりの種がなくなっている状況を見て「取ったのは誰だろう」と考えた5歳児。「自分は取っていない」とみんなが言ったことで、「ここにいる自分たちではない誰かだ」と考え合いました。そして、それは「スズメかシジュウカラ」だと考えついたことで、実際に「確かめ」鳥のために「種と餌の確保」をしました。
 3歳児でも、興味を持ったことや不思議なことを、知っている情報から考えたり友達とのやりとりから納得することを導き出したりすることが分かります。5歳児は、いつもと違う状況から思考をめぐらし、問題の解決のために栽培物ばかりでなく同じ環境で生活している生き物のことも考慮して活動しています。このように、子どもたちが考える時に、「相手にも自分と同じように気持ちがある」「同じように生きている」という共通の土台を持てることは、大切なことです。