公益財団法人 ソニー教育財団
科学する心を育てる ソニー幼児教育支援プログラム

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論文募集

シンポジウム 「幼児期に育つ科学する心」

「科学する心」はどのように育めばいいのか。

小泉英明氏:

 本物に触れるということです。自然というのは、ある意味、常に本物であるわけです。その理由は、脳科学から言うと、われわれ意識の上にあげている脳の部分というのは、脳の情報処理の中のごく一部なのです。意識しているものは脳の働きのごく一部で、自然物に触れた時われわれは意識下で非常に多くの情報を受け取っています。例えば、造花を見たとき、自然の花を見たとき、意識の上では一部似たように見えるかもしれないのですが、脳に入っている情報は全く別物です。ですから、特に小さいうちには、人工的なものに触れるよりも、花で言うなら、本当に道端に咲いているような、気が付かないような小さな雑草を親御さんとお子様がよく見つめてみる。これがわれわれの脳を育む。特にお子さんの脳を育むために大変重要だと思っております。

山田敏之氏:

 本物こそ本当の教師であるというように考えています。本物の自然に触れて、子どもたちがある直感や、知識を得ると、必ず次のステップとして、もっと知りたい、もっと知識を増やしたいと思い、さらに想像力、イマジネーションを働かせて、もっと自分の考えを広げていくと思います。それが行き着くと、今度は自分も何かつくり出してみたい。クリエーションの創造につなげていく。このプロセスが次のステップとしてあるのではないかという気がいたします。そこで、想像から創造に向けるこの動きを、決して強制したり、押し付けたりするのではなく、周りからうまく引き出すように仕向ける。これが大切なのではないかという気がします。

 ルソーも『エミール』の中で、どんな優れた教師よりも父親の教育が大事だと言っていますが、保育所、幼稚園の先生方は、父親よりもたくさんの時間を子どもたちと接していらっしゃるのです。その先生方の「本当に自分自身、科学が好きで、自然が好きで、ものをつくる喜びを感じている」という心が、自然に子どもに伝わり、それが本当の教育になるのではないかという気がいたします。

青木清氏:

 一つには、母から教わったことがあります。たくさん捕ってきた大事なトンボが死ぬのを見て悲しかった昆虫少年の私に、母が言いました。「それだったら、おまえは、スケッチしなさい」と。「スケッチだったら、いつまでも持っていられますよ」と。それで私はクレヨンでスケッチすることを覚えました。そのお陰で、どこに特徴があるかなどつかみやすく、また、違いも見付けることができるようになりました。私にとって大変役立ちました。生きているものは捕ったらすぐに自然に帰してあげないといけません。それを持っていたければスケッチすることが大事なのだということを母から教わり、今も教訓にしております。

 もう一つは、私たちが何気なく見過ごしてしまう道端にいるような虫たちにも私たちと同じような働きがあって、それが大事な命のはたらきなのだということを子どもたちに小さいときから教えていくことが大事ではないかと思っております。

神長美津子氏:

 本物に触れる体験は、大切だと思います。今、本物に触れる機会が少ないと思います。また、本物に触れたとき、子どもが感じていることや、考えていることにゆっくりと付き合いたいと思います。

 では、感じ方、受け止め方、考え方、子どもが不思議がっていることにどう付き合ったらいいのでしょうか。新規なものに出会いじっと見入る姿、こうした言葉がない世界の中に子どもの科学する心というのは芽生えていると思います。ですので、何かそこに言葉をかけようというよりは、もっと子どもの受け止め方をしっかりと見据え、子どもにとっての意味を問いながら、次の段階にステップアップしていくことを支えることが大切であると思います。つまり、子ども理解や、子どもに付き合うことがどれだけできるかということです。これは、家庭であれば、親の立場から同じようなことが言えるのではないかと思います。子育てをしている中で、子どもが何かに興味をもち、「どうして?」と尋ねてくると、ついその答えを先に言ってしまいがちですが、子どもが科学するときには、もっとじっくりと子どもの時間に付き合っていくことが大事だと思います。

大竹節子氏:

 科学者魂がもしあるならば、素直に育てていきたいと思います。そして、保育者や周りの大人はその子どもの姿を謙虚に受け止めながら、高いところからものを言うのではなく、子どものやっていることに大人も素直に喜んだり、気付いたり、認めたりしていく。そのような付き合いが必要ではないかと思っています。

 また、科学する心を育むという視点では、遊びの継続性を私たちの園では大事にします。今日はこれ、明日はこれ、次の日はこれと切るのではなく、例えば子どもが転がるということにとても興味を持っていたとしたら、ガムテープの芯が転がっていく様子を最初は床で転がし、次は滑り台から転がしたり、次は積み木で道をつくって転がしたり、やがては車をつくって走らせてみたり。可能性を追求していけるような継続性のある遊びを育てていく。それを大事にしていきたいと思っています。

秋田喜代美氏:

 ある園の実践を紹介したいと思います。

 冬が明けてやっと春らしくなってきたときにそよ風が吹いてきました。そして、子どもがそわそわしだした時、そこに先生がござをパアッと敷いてあげるのです。そうすると、子どもが嬉しくてうわっと外へ出て行く。

また、リボンを出してあげる。そうすると、子どもがそのリボンを持って風の中を走り出すのです。そして、「風って見えないけど、見ようとすると見えるんだ」という言葉が子どもから発せられる。これはまさに保育者自身が天候や自然に対する感覚を持つと同時に、子どもの動きに応じながら、使いなさいというわけではなく、そこに適切なものを出してあげるという行為が、このような子どもの姿を引き出しているのだと思います。

 また、国際的に有名な乳幼児教育のイタリアのレッジョ・エミリア市のとても印象深い事例を紹介します。ルチアちゃんという1歳の子どもの話です。
 1歳の子どもが時計のカタログを見ているのです。さりげなく見ると、保育者が時計をしている。保育者は黙ってさりげなく子どもの耳に時計をあててあげるのです。子どもが耳を傾けると、カチカチという音が聴こえます。子どもはそれを聴いています。保育者は黙って見守っています。その後、しばらくして、なんと子どもはそのカタログに耳を付けて、音が鳴るかなと確かめてみました。1歳の子どもでも自分なりの仮説を立て、実際に確かめていくという姿。そこに実は言葉は必要なく、実際の本物に触れた驚きから、子どもが動き出しているひとつの姿かなと思います。

 本日、小泉先生のお話にあったピエール・キュリーの「自然を垣間見、より深く知ることの喜び」という言葉。人が山を征服するという考えの愚かさと同時に、大人が子どもを征服するとか、教えるではなく、子どもを垣間見、より深く子どものことを知っていく喜び。そして、一緒に科学をしていく喜びが非常に大事ではないでしょうか。

 子どもこそ、本質的にさまざまなものを備えているのではないかと思います。そのような「科学する心」を、私たちもごく簡単なことから、今日から、明日からでも、子どもとかかわりながら、行っていけるのではないかと思っております。

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