
3.「相手の立場になって考える幼児」を育てる
名古屋市立第二幼稚園 (愛知県名古屋市)
実態
保護者の協力で保育室の観察ケースが増え、生き物を怖がっていた幼児もかかわれるようになってきた。ところが、触れるようになったうれしさから、遊具のように持ち続けたり集まってくる幼児の顔面に差し出したりするなど、自己中心的な姿が見られる。保育者が「大切に」と声をかけるとその時は優しく接するが、離れると乱暴に扱い、注意すると逃げたり泣いたりと、命を大切に感じる機会をもちにくい幼児がいる。
願い
命の大切さを心から感じる経験ができるように、うれしいとき、困っているとき、我慢しているときに「自分がしたことを感じる」かかわりをさせたいと考えた。
「科学する心」を育むとは
「○○だったね」と幼児に振り返らせると、「△△だったから」と、その原因を考え、相手(生き物)の気持ちを想像するだろう。そして、「これからは、こうしよう」と、自分にとっても相手にとってもよい方法を考えるようになると思う。
幼児は、自分が嬉しかったこと我慢したことを、分かってもらえた喜びが体験できれば、相手になったつもりで、相手を理解し気遣うこともできるようになると思われる。
教師が幼児に、自分がしたことを感じ、相手の立場になったつもりで想像させる視点をもってかかわれば、原因を探り、自分にも相手にもよい解決方法を見つける、科学すること(行動パターン)が日常的になり、「科学する心」が育まれると考えた。
生き物の思いに気付き、命の大切さを感じる3歳児の事例
カブトムシと黙々と遊んでいたA児が「先生!飛んでいっちゃった!」と知らせにきた。カブトムシは羽を広げ外へ飛び出し、砂場のテントに入った。「また飛んだ!」と言うA児の言葉で、もう一匹もテントに飛んできたと分かり、幼児たちも教師もカブトムシを捕まえようと飛び出した。
手を伸ばしても、砂場ショベルと網で捕まえようとしても届かない。
それを見た教師が椅子に乗り、網とショベルで、カブトムシを驚かさないよう、ゆっくり箱に誘導した。もう一匹も教師が同じように誘導し、幼児たちは「がんばれ、がんばれ」と応援した。
カブトムシをA児に渡すと、急いでケースに入れ「先生、ちゃんとフタしといた」と教えてくれた。
おやつの時に、「カブトムシっておもちゃやぬいぐるみと同じかな?」と聞くと「ううん、違う!」と幼児は口々に答えた。「それじゃあ、何が違うのかなあ?」と聞くと「羽がはえてる」と言う。
「それじゃあ、羽があるカブトムシのおもちゃだったら、カブトムシと同じかな?」と聞くと、A児が「カブトムシはねえ、死んじゃう」と言った。
A児は以前、気に入ったキャラクターの名前を付けたダンゴムシを、遊んでいる間に落としてしまった。そしてダンゴムシが踏まれて、死んでしまった体験をしていたからだろう。「そうだよねえ。カブトムシは、今は動いて飛んだりするけど、みんながぎゅっと握ったり、たくさん触ったり、上から落としたりしたら、カブトムシさんは嫌だって、逃げていってしまうかもしれないし、死んじゃうかもしれないねえ。動かなくなっちゃって、カブトムシさんと一緒に遊べなくなっちゃったら、みんなも嫌だよねえ」と聞くと「うん」と全員がうなずく。
考察
自分がしたことを振り返る
- 「逃げた!捕まえて!」という緊急事態に遭遇すると、大人はすぐになんとかしたくなる。すぐに捕まえて渡せば、幼児は欲しいものは大人に言えば手に入ると思うだろう。
- 幼児は教師がカブトムシに優しく話しかけながら長い時間かかわってカブトムシを誘導する様子を見続けていた。カブトムシがゆっくり少しずつ自分から箱に入っていく姿を見て、生き物は優しくかかわると自分のところに戻ってくることを実感したと思う。
- 教師が「カブトムシさん、こっちだよ。ゆっくり、ゆっくり来てね」と一生懸命話しかける様子を見て、A児は他の幼児と一緒に「がんばれ!」と教師を応援していた。みんなと一緒の気持ちが言葉で伝わる心地よさも感じ、カブトムシを大事に扱う気持ちも高まっていった。
自分の思いを言葉で表す
- A児たちは日ごろの生活の中で、泣いたり怒ったりして自分を分かってもらおうとするが言葉で伝えようとはしなかった。しかし、他の幼児が叫んだことで「また飛んだ!」と思わず言葉で伝えていた。その言葉を繰り返す教師の目線や態度、雰囲気から、捕まえてほしいという気持ちが受け止められ、「逃げないでね」と願っていたと思われる。
生き物の立場になって考える心の変容
- A児が急いで飼育ケースのフタをしたのは、カブトムシは逃げたがっていることに気付いたからだ。カブトムシも自分の行きたいところがあることや、羽があるから飛んでいけること、逃げ出したいと思っていたことなどの気持ちを理解したと思われる。
- 気に入った名前を付けていたダンゴムシが死んでしまった体験を思い出し、自分の扱い方を振り返って、踏んだりつぶしたりすると死ぬという結果を予想していた。また、教師の言葉で自分だったら逃げるだろうとか、自分も遊べなくなったらいやだなと感じていたと思われる。
このような経験の積み重ねで、どこまですると死んでしまうのかということや、命のはかなさを知っていくと思われる。
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