インタビュー
ソニー創業者の井深さんは、技術の面白さにしびれ、一生その気持ちを失わない人でした。このように科学・技術の根源にあるのは、考えることの面白さ、謎解きの努力を積み重ねる面白さだと思います。そして何かを発見するために、すべったり転んだりしながら、紆余曲折した道筋を通る極めて人間的なことが科学の活動なのです。
しかし、日本の社会では、科学というと科学知識の事だという捉え方をする人が多いのです。つまり、科学辞典のような、出来上がった知識の事を科学として思い浮かべる。そうでは無くて、物事の後にあるまだ分からないカラクリを知ろうとして工夫を重ねる姿を思い浮かべて欲しいのです。
井深さんは、科学の面白さを知るには、子どもたちに壊れた機械を直させるのが一番いいと言っておられましたが、これは名案だと思います。日常生活でお母さんが子どもに、「これ壊れちゃったんだけど、直してくれる?」と言って、子どもが一生懸命に工夫して直した時に、子どもはとてもうれしい体験をするわけです。社会に出て活力のある仕事をする人たちは、子どもの時によく遊んだ人が多いのですが、それは子どもの遊びには工夫があるからでしょう。
私がNHKテレビの「みんなの科学」という番組をお手伝いしていた時に、スタジオの中で小学生、中学生と一緒に実験をやりながらよく議論しました。私が子どもたちにいつも言っていたのは、「なぜその実験をするのか主題をはっきりさせ、みんなが理解したうえで工夫しながら実験に取り組む」ということです。
最近、手順をすっかり用意して、子どもたちに親切な指導をしながら、その手順にのせるだけの実験内容が多いように思いますが、それでは子どもたちに実験、ひいては科学の本当の面白さは伝わらないでしょう。
ビーカーから何かを移したり、火をつけたりといった手を使うことだけではなく、頭と手を両方使ってこそ本当の実験と言えます。
また子どもが自分で工夫しながら実験することの最大の利点は、一生懸命、手を変え品を変え工夫しても必ずうまくいくとは限らない、つまり失敗を経験することです。時には、食事も喉を通らないほどの悔しい思いをするかもしれませんが、だからこそ、失敗を繰り返し、苦労の末に成功した時の喜びは大きく、また別のことにチャレンジしていく活力を生み出すのです。
人間が物事を理解していく時、決して連続的にレベルが上がっていくとは限りません。
私個人の非常に印象深い出来事は、中学の時に野球部でいろいろなノック(守備を練習するためのボールを打つこと)を取る練習をしていた時のことです。ある日、何気なく先輩のノックバットの振り方を見ていましたが、次にボールを打った音が聞こえた途端、「あの辺にボールが落ちてくるのではないか」と察知しました。走って行って振り返ってみると、まさにそこへボールが落ちてきました。それが、その瞬間から突然に起こり、その後は体が自然に動き、ノックボールをほとんど取ることができるようになりました。
このように、あることを続けてやっていると、ある日急に次のレベルに上がることが運動に限らずどんなことにもあります。こうした経験をしている方はきっと多いのではないでしょうか。
「コツをつかむ」とか、落語の世界でも、芸が飛躍的にうまくなることを「化ける」と言いますが、ある時、続けていたことがストンと非常に高いレベルに上がることは、知的な活動にもよくあることです。
ノーベル物理学賞を受賞したショックレー(1910〜1989年)は、サンノゼの高等学校で物理を教えていた時、「エネルギーの概念すらまだ身についていないのに、次の授業ではさらに進んで※エネルギー保存の話をするのでついていけない」という生徒たちの声を耳にしました。そこで彼は、教え方には工夫が必要だと思い、次のようなクイズを出しました。
「5人組の泥棒が銀行から1000ドル盗んで、見つからないように1カ月モーテルに潜伏する。退屈してきたので、トランプのポーカー遊びを始め、銀行から盗んだお金を賭けた。さて、賭けたお金は増えるだろうか?」
生徒たちは「増えるわけがない」と笑ったそうですが、エネルギー保存とは、つまりそういうことを意味するのだと説明しました。いきなりエネルギーだ、エネルギー保存だと言っても、生徒たちにはピンときませんが、親近感の持てるクイズやゲームで分かりやすく教えることに彼は成功しました。
私も以前、授業でエジソンの話をした時に、エジソンの声が入ったテープを探してきて学生たちに聞かせ、何とかエジソンに親近感を持ってもらおうと工夫したことがあります。教育の効果というのは、大人が工夫しながらできるだけのことをやって、長い目で子どもを見守ることだと言えるでしょう。
※エネルギー保存の法則…外部からの影響を受けない物理系(孤立系)においては、その内部でどのような物理的あるいは化学的変化が起こっても、全体としてのエネルギーは不変である」という法則。
子どもにはいろいろなタイプがあります。例えば感受性の強い子どもというのは、思わぬところで質問してきたり、大人が気づかないことを真似していたり、自分で道をどんどん切り開いていきます。そういう子どもに周りが世話を焼き過ぎると、せっかくの芽を摘んでしまうかもしれません。反対に、先生のちょっとした助言で伸びる子どもたちもたくさんいます。
こういった子どものタイプを見分けるには、控えめでありながら、一人ひとりの子どもの表情、反応をよく見極め、勘所をおさえて、その子に一番いい助言をしてあげるというように、先生が相当な見識を持っていなくてはならないでしょう。
もし10人の子どもがいれば、このことではこの2人の目が光る、このことでは別の子の目が光るという違いが当然あるはずです。日本では教育というと、みんな同じという感覚がありますが、もともと人間の基本的な興味というのは人によって違いますし、チャンスによる違いもあります。昔の寺子屋のようなきめの細かい配慮がないと、子どもたちはいい方向に伸びてくれないでしょう。
先生が「one of them」でみんなに同じように対するのではなく、「これについてはこの子を抜擢してみよう、このことについてはあの子にやらせてみよう」ときめ細かく見てあげることで、子どもたちはそれぞれの力を大きく伸ばしていくに違いないと思っています。
今、夏目漱石の全集もインターネットに入っている時代になりましたが、そういったものを読む人が増えたかというと、かえって前より減っているといいます。文章を読む、読まないというのは便利さとは関係なく、読みたいという意欲をどうやって育てるかというほうが先決でしょう。
本は非常に重要な要因を持っています。しかし、本の価値観が昔と今と違うのは、私が子どもの頃は、本がほとんどなかったので、主だった作品はみんな岩波文庫を買って読みました。毎月の雑誌も『幼年倶楽部』『少年倶楽部』などごく限られものしかありませんでしたので、次の号が出る前に、すぐ読んだらもったいなくて、少し読んだら紙をはさんで、「今日は残念だけどここでやめとこう」というくらい大事にしたものです。
今、あまりにもたくさんの本が出ていますが、子どもたちに本当にプラスになるような本を作ったり、読めるようにしてあげるのには、まだ工夫がいるのではないかと思います。
菊池 誠氏
東海大学名誉客員教授。理学博士。
1925年、東京に生まれる。1948年東京大学理学部物理学科卒業。同年通産省電気試験所(現在の産業技術総合研究所)入所。以後、一貫してトランジスタ、半導体等エレクトロニクスの基礎研究を続け、半導体研究室長、菊池特別研究室長などを歴任。1960年から1961年まで、米国マサチューセッツ工科大学エレクトロニクス研究所に客員研究員として滞在。1974年ソニー株式会社中央研究所長、常務取締役、1989〜1993年まで同社技術顧問を歴任。1990年東海大学工学部教授、2000年より現職。1982年米国IEEE『Fellow』に、1987年には米国ナショナル・アカデミー・オブ・エンジニアリングの外国会員に就任。1994年神奈川文化賞受賞。
『トランジスタ』(六月社)(1959年毎日出版文化賞)、『情報人間の時代』(実業の日本社)(1970年日本エッセイストクラブ賞),『幸運な失敗』(日本放送出版協会)(1972年サンケイ児童出版文化賞)、『三つ子の魂が目を覚ます』(NTT出版)など著書多数。



