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多くの場合、一歩先を歩む身近な先達は、子どもの成長進歩にとって、教師よりも大きな刺激となる。母親が先達の一人として、子どもの好ましい競争者になりえたら、それに勝る教育法はないだろう。
母親が子どもの好ましい競争者になるためには、たいへんな努力を必要とするであろう。だが考えようによっては、あらゆる点で子どもと競争しながら、自分自身も成長していける、こんなすばらしい人生のプログラムは、あまりほかにはないだろう。
子どもが苦しんでいる問題に、母親も頭をつっ込んで挑戦してみて、はじめて真の子育てが会得できることにもなる。
一人の人間として心も知識も子どもとともに歩みながら、しかもつねに一歩先進して行く姿が、子どもを育てるにはいちばん好ましい姿である。母親が途中であきらめてお手上げしてしまえば、子ども自身の自発的慣性≠フ差はあるにしても、そこでその器の大きさを決めてしまうことになりかねないからだ。
――『幼児開発』誌(1990年1〜3月号)より
母親がわが子に示す最大級の愛情表現が、抱きしめたり頬ずりしたりするスキンシップであることは、洋の東西を問いません。
愛するものを抱きしめたいと思うのは、いわば本能的な行為ですが、赤ちゃんにとって
――赤ちゃんだけでなく、これは成長した子どもについても言えることですが――お母さんの心臓の鼓動が聞えるほどに抱きしめられることが、実は母と子の絆をつくる上できわめて重大な意味を持っています。
――『胎児から』より
真の胎教は、母親の愛情と安定した心から始まる。そのためには夫婦を基本として、双方の両親や家族、友人や隣人たちとの人間関係が大きな力を持つことを忘れてはなるまい。一日一日を楽しく過ごすための方法――胎教はたくさんあるだろうが、根本となる心の安定は、いいコミュニケーションから生まれる。
――『井深 大の幼児教育語録』より
母親の胎内から飛び出た時は、非常に大きな衝撃を受けていますから、胎内で聞いていた母親の心臓の鼓動が外界でも聞こえれば、さぞ安心することでしょう。赤ちゃんは母親の胸に抱かれ、母親の乳房に吸いつき、母親の心臓の鼓動を聞き、母親の顔をまじまじと見つめながら、心身ともに健全に成長していくのです。
――『0歳からの母親作戦』より
| bP2 子育てほどすばらしい人生のプログラムはない |
母親が先達の1人として、子どもの好ましい競争者になりえたらそれに勝る教育法はないだろう。しかし、母親が子どもの好ましい競争者になるためには、たいへんな努力を必要とするであろう。だが考えようによっては、あらゆる点で子どもと競争しながら、自分自身も成長していける、こんなすばらしい人生のプログラムは、あまりほかにはないだろう。
『井深 大の幼児教育語録』より
0歳教育は、何から始めたらよいのだろう。まず生まれる前に、お母さんはしっかりと子育ての心の準備をしておいてほしい。
生まれてからでは――とくにはじめての赤ちゃんの場合、毎日の忙しさに追われて、子育てを考える時間など、ふっとんでしまうのが当たり前のことだろう。だからこそ、生まれる前に、よほどしっかり心に畳み込んでおかなければならない。
――『幼児開発』誌(1989年5月号)より
日本は明治維新以後、知識や科学技術とで、どうやってよその国の物質文明に追いつこうかが教育の一番大きな主題でした。その結果、左脳ばかり育てることに一生懸命で、右脳的な"心"の問題は忘れられてきました。
右脳は、言葉で表わせないもの――芸術、運動神経、直感力、総合的にものを見るということを司ります。生命とは何であるか、あるいは宇宙とは何であるかといったことを直感的に、総合的に考えられるのが右脳です。その右脳を育てるチャンスは胎児期から4歳くらいまでにあるので、これはどう考えても、お母さん以外の方にはできない仕事です。そのためにも、お母さんは、まず自分自身の愛情、心の問題を大切に考えて、我が子を育てる。赤ちゃんの感性からすれば、理屈なしに、お母さんに心をこめてしっかり抱きしめられ、おっぱいをもらい、やさしく子守歌を歌ってもらうだけでも、愛情、心の温かさというものは伝わり、十分育っていくと思います。
―『心育て、人づくり』(1991年EDAセミナー)より―
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